Chapter09


ジャパンハウスJAPAN HOUSE)と金網の和紙


JAPAN HOUSE São Paulo オープン

--- ジャパンハウスまでの経緯

20年近く前に地域起こしの勉強会をする「風の学校」というのを町役場が企画した。
江戸川大学の教授をやってる鈴木輝隆さんという方を軸に、講師陣で来られたのが建築家の隈研吾さん、デザイナーの原研哉さん、高知のデザイナーの梅原真さん。
2ヶ月に1回ぐらいやってたからその時はまだ皆さん今ほどは忙しくなかったんだろうね。
その中の話し合いから新潟県柏崎市高柳町荻の島に陽の楽屋(ひかりのらくや)という交流の場みたいな位置付けで茅葺きの家を作ることになった。
その設計を隈研吾さんが担当することになって和紙を使うので、門出和紙工房に来られて色々和紙の説明をしたのが最初だね。
その中で隈さんが興味を持たれたのがうちで漉いている茅ひごで漉かれた紙だった。
今は竹ひごになってるから細かいひごで編まれた簀で漉いているわけだけど、昔はススキの先っぽを馬の尻尾の毛で編んだ簀を使っていたから、簀のあとが透けて凹凸に見えるという風情を眺め見るにはとても深みが出てくる紙でね。
当時でも茅ひごで簀を作る人が段々いなくなってしまっていた。
それで考えたのが竹ひごの太いひごと細いひごを交互に編むこと。
それを岐阜県の美濃で簀を作ってる古田要三さんにお願いをしたら、古田さんは「宇陀(うだ)編みですね」と仰った。
宇陀編みという意味が今もはっきりとはわからないけども、吉野の表具用の裏にあてる石粉を入れた紙は茅ひごで今も漉いているから、茅簀風のことを「宇陀簀(うだず)」と理解している。
太いひごを強調するためにわざと細いひごと太いひごを交互に使って編んで欲しいという依頼を出して作ってもらった。
それから門出和紙工房ではその荒っぽい簀で漉いた紙に宇陀簀とも表記するようにした。
本来は茅ひごだけのものを宇陀簀と呼んでいたのかもしれないけど、はっきりと確認が取れていないままで古田さんがお亡くなりになってしまった。
ただ「宇陀編みだね」と言ったのを自分が解釈するに、今もって自分が知っている中で茅ひごを使ってるのは吉野の宇陀紙と高知の清帳箋(せいちょうせん)と限られている。

宇陀簀の横に薄くラインになる凹凸に隈さんは非常に心惹かれたようでね。
その後、隈さんが海外で頼まれる建具の紙だとか色んな仕事の依頼をしてくれた。
六本木のサントリー美術館を隈さんがやるときも内装の壁紙に和紙を使うことになった。
彼の本を読むと実は和紙を使うかどうかは工期の関係とかでずいぶん迷ったそうなんですが、その宇陀簀の紙の美しさの件と、和紙の丈夫さの件で、門出和紙の紙を使ってもらった。
和紙の丈夫さについては、その前に来られたときにこんにゃく糊を紙に塗るとすごく強靭になるとか、戦時中日本軍が気球爆弾(風船爆弾)を飛ばしてアメリカに到達させたとか、そういう話をしたところ和紙がそんなに強靭な力を持ってることにも驚いていた。
そういうことが頭の中にあってサントリー美術館には内装の壁紙に和紙、菊判で8匁(約30グラム)程度で2000枚、こんにゃく糊を全部塗って納めた。
サントリー美術館の内装をそっくり包むように和紙を貼って、一部分エレベーターホールの脇はガラスに和紙を貼って裏から明かりを入れて光壁とした。
その光壁には宇陀簀の紙を使って、紙の深みを表現するようになっている。
隈さんはそれからしばらく伊東温泉の旧家(東海館)の修復を何年がかりかでやって、そこに使われる壁紙も同じ宇陀簀の紙をこんにゃく糊を塗って1000枚以上使ってもらった。

--- 金網で和紙を漉く

それから自分がイスラエルに行ってた時の一昨年2015年の10月に隈さんから電話があって、パリの物件で彫刻家が使っていた昔の建物をある人が買い取ってそこをオフィスにするんだけど、そこに使いたいので金網で和紙を漉くか或いは和紙を貼るか、何らかの方法で金属物を和紙で覆われた状態のものを作れないかという相談の連絡があった。
材質の金網、エキスパンドメタルは金属に切れ目を入れておいて引っ張ると網目になる材質。
それで11月、隈事務所に行って打ち合わせして、とりあえずテストしてみますという返事をした。
その途中で、実は外務省の仕事でブラジルのサンパウロにジャパンハウスを設計しているんだけどそこの天井にもそれを使うことができないかという話があった。
要するに同じ方法で作ったものを2ヶ所の物件で使いたいという依頼だった。
2月からエキスパンドメタルをA3ぐらいにカットしてしばらく色々なテストをしていた。

テストには2つのパターンがあって薄い紙を金属物に貼り付けるというテスト、それは接着剤を金属物に付着させる、或いは紙のほうに付着させて貼り付ける。
そして乾いた段階で水でその穴になる部分を水圧で切って穴を開けるというテスト。
もうひとつのテストは漉き舟の中に原料を溶かしてそのまま金網を漉き上げてしまうテスト。
接着剤でつけるほうは、やっぱり水に強い接着剤はなかなか無いし具合が悪くて、結局漉き上げるほうが良いと現在の形になった。
漉き舟の中に原料を溶かしてそのまま漉き上げる場合だと、ポイントはトロロアオイのネリ加減(濃度)になってくる。
ネリが全く無いと楮が金網に付着し過ぎて穴の部分が表れない。
ネリが強すぎると金網から楮が逃げちゃってくっつかない。
いっぱい付着させたかったらネリを少なくしてあげればいいし、金網に均等に行き渡らせるにはネリを強めにしてあげる。
しかも漉き上げる回数を何回もやらないと金属部分が見えてしまうから、結構手間がかかるしデリケートでかなり難しかった。
それでも試作はできて3月の末ぐらいに隈事務所に行って現物を見せて打ち合わせをして、これならいけそうだとなって、パリとサンパウロで使うことが決まった。
でもその時点では鉄にメッキした金網になるのかアルミニウムを使うか、金網の網目の大きさがどのくらいかなどは決まってなかった。

その後、パリのほうはパリ市の許認可が降りず工事ができなくてストップしてたから、後にやる予定だったジャパンハウスのほうが先にやることになった。
それで昨年2016年7月に現地へ行って、現地の人たちにその仕事を覚えてもらって一緒に制作することになった。
サンパウロのほうは1000平米の場所に金網を天井に覆うから膨大な原料も制作日数も必要で、ずっと自分がそこにいるわけにもいかないから、10日間ぐらいの期間で現地の人に覚えてもらって引き続いてやってもらった。
金網は天井部分に白いペンキを塗ってそこから70センチぐらいと50センチぐらい下に吊るし、水平だったり斜めだったりしながら吊り下げられていった。
そこにスポットライトを当てて上部の白く塗られたところに、その輪っかが影として効果的に映るように配置されている。
エレベーターホールは壁面も金網で取り囲むんだけど、ホコリが吸収しやすいような後でメンテナンスが大変な場所は、楮がたくさん乗らないような引っかかりができるだけ無いような作り方の2通りのやり方を現地の人に伝えてきた。

自分が現地の人たちに一番最初に言ったのは「皆さんよりは私が先輩だけど知り尽くしてるわけじゃないし、自分もここで実験的にやってる部分もあるから、気づいたことがあったらどんどん提案してほしい。また指示通りに動くだけではなくどんどん考えてほしい」とそう言ったらみんなやる気を起こしてくれてね。
普段は設計士さんからはああしなさいこうしなさい言われているみたいで。
今回の仕事は初めての仕事で普段の紙の仕事とも違うから全く想定外のことも出てくるだろうし、
自分の考えだけではパーフェクトではないからみんなで一緒にやりましょうということでやったんだけど、彼らも色々提案してくれてお互い試行錯誤しながらやってたからとても楽しい仕事だった。
それが2017年4月30日オープンして5月6日一般公開になった。
5月2日に隈さんからメールがあって非常に和紙が好評だったという連絡があったから今はホッとしているところ。

--- 素材と手法

イスラエルとスイスで以前ワークショップをやったときは、原料をビーターでほぐして脱水機で絞って、それをナイロンの袋で真空パックにして郵送してた。
それを現地で水の中でほぐして使ってたんだけど、ブラジルという国はすごく検疫が厳しくて、楮の原料のまま送ることができない。
聞いてみるとアマゾンの木を切り尽くした反省点で環境問題に対しては厳しくなっている。
それで向こうへ送る手段としては一度楮を紙にしてから発送するしかないと思った。
門出で叩解した原料を大きなネットの中に流し込んで乾かして紙にしてから現地に送った。
生で送るといつも腐るのとの戦いではあるから紙にしてしまえば安心ではあったけど。
現地でほぐすのが少し厄介ではあるけどほぐすのはスクリュー撹拌を使った。
紙にして120キロをこっちで用意してブラジルに送った。
実際の金網の網目の大きさで使う原料の量がだいぶ変わってくる。
細かいネットならその分原料が乗ってくる。
1000平米で1平方メートル当たり100グラムを想定して、予備20グラム分も用意しておいた。
用意されていた金網の大きさが75センチ×350センチだったから、それが漉ける大きさの漉き舟も向こうで木の枠で作ってもらった。
漉き舟には水を入れるからプラスチックのフエルトみたいなのを敷いてその中に水を入れた。

サンパウロで使われた材質はアルミニウムだった。
メッシュの穴の大きさもかなり大きいサイズ。
アルミニウムを使って思ったのはすごい柔らかい素材だから非常に変形が楽。
その分、漉くときには水平に上げるのが困難で中央が垂れ下がってしまうとそこに原料が溜まる。
だから水平に上げないといけないから人手が余分にかかるんだね。
でもその変形がし易いというのは非常に可能性を広げる素材だと思った。

それと金網で漉したのはいったん乾かして裏面をもう1回漉き上げないといけない。
それをしないと裏面が全部楮で覆われずにところどころ金属が見える可能性がある。
表面をしっかり乾かしてからじゃないと、裏面を漉いたときに漉き槽の中に表面の付着した原料が落ちてしまう。
だから2回乾燥させないといけないけど仕事はどんどん進めないといけないから、乾燥する施設というか空間がどれだけあるかも重要にもなってくる。
冬の南米のほうは季節的にもすごく乾燥していたし並べて吊るす場所もあったから、すごくやりやすかった。
あと漉き上げた時に水で膜が覆われて穴が開かないような箇所が出てくるから、そういう時には送風機を使って穴を開けたり、逆にツララ状にしたかったら強い風を当てる。
そうやって使う条件によって色々な表現に合わせていける。

--- 楮の新しい可能性

隈さんの考え方は日本の古い伝統をそのまま踏襲するのではなく、簡単に言えば古いものと新しいものの融合。
今の時代の中に古いものをどう取り込むかということ。
だから私どもからすれば金網に和紙が付着している様を、彼の目からすれば障子なのかもしれない。
ヨーロッパ流の障子ということで、それが左右に開け閉めができれば襖になる。
自分も長い間、伝統的な紙を漉いてきた立場だから、金属物と楮を融合させるというのは最初違和感があった。
でもこれまで紙屋が金属物を楮と合わせてこなかったのは、金属物とコラボするという気分にならないというところが根底にあると思う。
自然素材の木だとか蔓だとかそういうものと和紙を組み合わせるというのは誰もが発想するけど。
だから紙屋じゃなく建築家だから発想できたところがある。
自分が2015年6月末に門出和紙の親方を次の世代にバトンタッチをして、その金網和紙の話があったのが10月だったから、紙屋の和紙という概念だけで考えることが自分には絶対ではなくなったから今回の仕事に向かうことができたのもある。

でも考えてみると金網の紙は現代の中から見て、金属物の硬い表情を楮で包むことで和やかな表情に変えられる。
普段私どもが暮らしの中で使うものの中に楮というものを取り込むことによって、非常に心が豊かな生活環境にすることができる。
そう考えると日本で楮が紙として使われてから、まだ1400年しか経ってない。
その前は楮は着るものの繊維の素材として使われていて、そして1400年前から着るものではなく紙として使われてきた。
今も自分も楮を育てているけども、楮を暮らしの中でどう生かしていくかと考えていくと、金網というのはこれからも住宅建築の中で避けることができない素材だから、それと組み合わせることによってひとつの新しい表現であり新しい暮らしの提案になるのではないか。
楮は湿度の調節もしてくれるわけだから、日々の暮らしの中に溶け込んだ素材として活用されていくというのは、1000年のスパンで考えるとなんの違和感も無いような気がしてくる。
だから今回の仕事は、楮による新しい暮らしの提案ということで意味があるのかなと考えた。
今まで和紙の美しさを伝えるのに本物の自然素材と日本人のこだわりの技術など玄人対応の説明からだったけど、一般の誰でもが入れる表現からだんだん和紙の深い味わいに気づいていくように、今までと切り口を反対にしてみることも必要だと思う。

そもそもこのアイデアは誰が考えたのかなと思って隈さんに聞いたら、これは自分で発想したと言っていた。
そもそも金網和紙とか金網の紙とか名前もまだ決まってない。
自分としてはこの門出という集落を存続させたいと思っているしこの門出で漉いてきた紙だから紙の名前の中に門出というのは入れたいと思ってはいるが、何か気の効いた名前を考えたい。

今回改めてアルミニウムの変形のし易さは表現の可能性を広げる素材だと感じた。
例えば楕円形にするとか、天井に吊るしてそのライトの光と組み合わせると輪っかの影が非常に面白い。
だから天井の白い壁と白い和紙とその穴が影に様々な表現を与える。
それがまた変形もできるとなるとカフェのインテリアだったり、小物を売ってるようなお店ならそこに色んなものをかけたり飾ることもできる。
自分がこれから展覧会をするようなときは金網を10枚ぐらい持っていけばレイアウトとして間切りのような壁にもなるし、そこに何かくっつけるとか無限に応用ができるから可能性としては住宅環境だけでなくお店、レストランや飲食店などにも活用される幅がとても大きいと思っている。
楮とアルミニウムの変形でどのような表現ができるかということもさらに試していきたい。
色も今試しているのは無地の生成りと、出来上がったものに柿渋を塗った茶色いものと2つ作ってるけど、他の色も含めてこの表現をどう生かしていくかによって色んな発展や可能性があると思っている。

(上部写真/越後門出和紙 生紙工房2階展示 金網和紙

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